手順の構造と手の感触

まとめ

「感触」を私にも分かるように定義してくれ。

 

皆様は、「死と乙女」と題された詰将棋作品をご存じでしょうか。

知らない方は是非覚えていって欲しい作品です。

という訳でこんな作品です。

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200229235435p:plain

(山田修司氏作「死と乙女」詰パラS26.10月号)

 

ちょっと進んで下図

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200229235605p:plain

ここから、62杏、41玉、52杏、31玉、42杏・・・

と、成香と玉の追いかけっこの手順が出てきます(※62、52杏は取れません)。

 

42杏には、同玉として、43銀以下精算し、桂を跳ねていくと、

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301000344p:plain

再び、追いかけっこが始まります。

左で再び精算し、

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301000836p:plain

3たびの追いかけっこです。

 

これは浪漫。

これは傑作。

素晴らしい。

 

『夢の華』の作者コメントには考えさせられるところもありますが、本作が傑作なことに変わりはないでしょう。という訳で、本作とセットで出てくる土屋健氏の解説を一部引いてみましょう。(※『夢の華』p.109から孫引きです。ごめんなさい。)

何と云ふ美しい旋律に満ちた作であらう、小さな駒が奏でる悲しい迄に麗しい調べは魂を揺り、見る者をして恍惚と酔はさずには置かない。詰手順が面白い、最初の駒配りに無理がない、詰上り亦美しい、二回往復する玉の画く軌跡を夫々妙手と見たい、など言ふ事は蛇足である。まして平易であるの妙手が無いのと論ずるに至つては烏滸の沙汰である。現在迄に発表された山田君の数ある作中でも突兀として聳ゆる最高峰である。長さに於いても純然たる小駒図式(合駒に大駒を使用しない)としては日本新記録であろう。がより重視しなくてはならぬのは、この作が醸すアトモスフェアであり歌ふ詩である。(後略)

 

さて、本作は、加藤徹さんの「趣向詰の分類」論理構造による分類を用いると、「G-玉」のパターンの手順です。また、物理構造については(9)に該当していますね。

 

じゃあ、同じ論理構造・物理構造を持つ1往復半の詰将棋を私が作るとどうなるでしょうか?

 

こうなりました。(類作等調べていません。ごめんなさい)

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301004036p:plain

右に追って~

 

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301004113p:plain

左に追って~

 

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301004135p:plain

また右に追う~

 

 

趣向詰として論理的に分類した結果は同じはずです。しかし、作品のまとう雰囲気は断然山田作の方がいいように見えます。この差は一体どこから来るものでしょうか?

 

まずは、杏、圭が捨駒であるという点が挙げられます。ヒモ無しの杏、圭を滑らせる感じというのは、繊細さを感じられます。不安げに揺蕩うようなイメージを持つ人もいるでしょう。

ヒモ付きだとこの感覚が無いという訳です。また、捨てればいいというものでもなく、例えば大駒捨てのような手だと、ちょっと大胆過ぎて上記のイメージが喚起されない可能性もあります。

※例えば、『夢の華』p.90より、「捨て小舟」の初手について、おそらく検討者であった草柳氏のコメントが参考になるでしょうか。

8七馬は既往の常識から行けば妙手には違いありませんが、その妙手すらがこの場合では、乱暴すぎることになるという、この味わいについての検討子の卑見は必ずやご理解されうると思います

 

という訳で、小駒図式であるというのも、「死と乙女」を考える上で重要ということになります。土屋氏の 言うように、「小さな駒が奏でる悲しい迄に麗しい調べ」が山田作の雰囲気を形作っているのです。

 

また、中央部に駒を置かないというのも見逃せないポイントです。実際には44とと74全が利いているので隙がある訳ではないのですが、一瞬、何も無い空間を玉と杏、圭が通過していくような錯覚を覚え、独特の浮遊感を感じさせています。

 

最終形(下図)もバランスが良く、綺麗な終形となっています。

f:id:tanpe_kanpinuyep_ne:20200301011035p:plain

 

 

・・・と、分析してみましたが、ここで問題です。

詰将棋作品が醸す「アトモスフェア」は、一般化可能でしょうか?

趣向詰に限らず、普通の詰将棋の場合を考えてみましょう。例えば、捨駒にも雰囲気が出ます。褒められる捨駒と、褒められない捨駒があります。その差はどこから来るものなのでしょうか?

例えば、「全体のバランス」という言葉があります。しかし、「全体のバランス」とは何でしょうか?

 

と言うことを考えているうちは、浪漫派にはなれなさそうです・・・

無念。

 

参考にしたもの

「趣向詰の分類」-詰将棋おもちゃ箱

山田修司『夢の華 山田修司詰将棋作品集』1998年

(ただし、私が持っているのは2017年のPB版です)